ASD夫は雑談が嫌い|意味のない会話が苦痛な理由
今回は、飲食店での観察や自分の人間関係を通して、一般的な雑談と、自分たちがしている会話が別物だと気づいた話を書きます。
私はASDとADHDの混合型で診断済みで興味には偏りがあります。
今回は、当事者としての視点から、その理由を書いていきます
我々夫婦の会話は、夫婦で仕事をしているのもあり、仕事の進捗、クライアント情報、問題点と解決法がメインです。
あとは、心理学全般、カウンセリング技法や介入法など、共通の話題も多いです。
そして、お笑いや推し音楽の話もします。
ただ、趣味の話もオフ会レベルの深い話が多く、軽めの雑談は少ないです。
そんな状態で、ABEMA PRIMEの撮影時に雑談を振られて、困ってしまいました。
まずは、雑談と対話の違い、次に世間で見かける雑談への違和感、そして飲食店で観察した家族の会話、最後に自分がどんな会話に魅力を感じるかを、順番に説明していきます。
もくじ
雑談と対話は違う
ABEMA PRIMEの取材時、レンタルスペースのマンションで撮影がありました。
ディレクターから、ソファに座って、いつもしているように雑談をしてくださいと言われました。
私は、言葉に詰まりました。
前回のABEMAの記事では、この話は少し触れましたが、今回は、あの時感じた違和感の正体、雑談と対話の違いについて書いていこうと思います。
そもそも雑談とは、話の中身よりも関係を築くことが目的とされる会話です。
天気の話、テレビの話、近況報告など、内容に意味がなくても、それを話すこと自体に価値があるとされています。
一方、私が求めているのは対話です。
情報や示唆のやり取りに意味がある会話です。
相手の話を聞いて自分の考えが変わる、自分の話をして相手の見方が変わる、そのやり取りがないと会話をした気がしません。
だから、うちの夫婦の会話は、雑談の定義から外れているのです。
仕事の進捗も、クライアントの問題点も、話し合うことで、次の一手が見えてきます。
お笑いや音楽の話も、面白かったで終わらせず、なぜ面白いのかを話し合います。
ABEMAで雑談を振られて詰まったのは、単に人見知りだからではありません。
雑談という行為そのものが、うちの夫婦にはほぼ存在しなかったからです。
お笑いも音楽も分析してしまう
我々夫婦は、仕事以外の話でも、内容を分析する形になります。
たとえば、私の推しはラブサイケデリコです。
活動休止前のライブツアーを3回見に行きました。
その時の話を、妻とこう話しました。
- 今日のボーカルのクミは、前回よりも晴れやかだった
- 最終日が近づくほど、踏ん切りがついたのかもしれない
- 一方で、ギターのナオキは、ラストライブに近づくほど感極まっていた
- 泣きのギターが素晴らしかった
- 他のサポートメンバーは、いつもと変わらないパフォーマンスだった
こういった観察を、夫婦で共有します。
お笑いを見ても同じです。
ネタが面白かったで終わらせず、なぜ面白いのか、どこが構成として上手いのかを話し合います。
見た、聴いたで終わる会話が、そもそもできません。
流し見や流し聴きをしていないのだと思います。
矛盾を見抜く職業病
我々夫婦は、相手の仕草、表情、空気感と、発言の矛盾に、すぐ気づいてしまいます。
たとえば、口では大丈夫と言っているのに、表情がこわばっている。
嬉しいと言っているのに、声のトーンが下がっている。
こういう非言語と言語のズレを、無意識に読み取ってしまいます。
そして、私はそれを口に出してしまいます。
本当は嫌なんじゃない?と聞いてしまう。
今の話、本当はもう少し違うことを言いたかったんじゃない?と返してしまう。
こういう返事をするので、時々、変な空気になります。
矛盾をスルーできない性分です。
これは、自分の課題でもあると自覚しています。
ただ、逆に自分がされるのは歓迎です。
私のことをちゃんと見てくれているとわかるからです。
ただし、条件が一つあります。
浅い見立てや、誤った見立てをされると、萎えます。
異論も言います。
熟練レベルの見立てでないと、話が続きません。
世間の雑談に感じる違和感
ここまで、我々夫婦の会話の中身について書いてきました。
次に、世間で見かける雑談について、私が違和感を覚えるパターンを挙げていきます。
受け売りの会話
例えば、テレビで見たまんまの話をしてくる人がいます。
その話は、あなたに聞かなくても、テレビを見ればわかります。
必要ならヤフーで検索すれば済みます。
私が興味があるのは、その人が実際に体験して、どう感じたかです。
食べログで評価が低い店でも、実際に行ってみたら美味しかったという話なら、説得力があります。
受け売りの会話には、その人自身の視点がないので、聞いても頭に入りません。
感想を言えずに勧めてくる人
映画やドラマを勧めてくる人がいます。
ただ、何が良かったの?と聞いても、明確に答えられる人は少ないです。
そんな事前準備がない状態で、よく人に勧めてくるよなと思います。
私は人に物事を勧めるという行為はプレゼンと変わらないと思っています。
ですので、人に勧めるのであれば、最低限、こういうところが良かったなどと自分の言葉で伝えてほしいと思います。
聞くのが下手な人
私が始めた話にズレた質問をしてきたり、人の話を取って自分の話にすり替える人がいます。
これは悪意なく、天然でやっているのだと思いますが気分の良いものではありません。
主語のない話
誰が、何を、どうしたのかがわからない話をされると、聞いているだけで疲れます。
主語がないと何の話かわからないので、話を追うことにエネルギーを費やし集中力が続かなくなります。
ただの愚痴
会社や上司の愚痴を延々と言う人がいます。
そんなに会社が嫌なら辞めればいいのに、と毎回、思います。
同じ愚痴であっても、問題解決のために話しているのなら生産性はあるとは思います。
目的が消えれば関係も終わる
私は現在51歳ですが、友達は1人しかいません。
幼馴染で、年に1回、初詣に会うだけです。
40歳までは草野球をしていて、そのチームの人とは付き合いはありました。
チームが解散してからは、その友人とは会わなくなりました。
理由は、はっきりしています。
草野球をしていた時は、試合の前日にバッティングセンターに行くという目的がありました。
その目的があるから、集まる意味があったのです。
チームが解散して、目的が消えたら、残ったのは雑談だけでした。
その雑談の中身が、私には合わなかったのです。
会社の愚痴、テレビの受け売り、オチのない話。
私はその時点で自営業者だったので、会社員の彼らとは温度差もありました。
そんな不毛な時間に労力を使うくらいなら、仕事に充てるか、寝る方がマシだと考えました。
だから、疎遠になりました。
ただ、目的があって集まっていた関係というのは、目的が消えれば自然に終わるものとも思いました。
なので、無理に続ける必要もないのだと痛感しました。
話が弾むのはカウンセラー同士だけ
私が話をしやすいと感じるのは、カウンセラーです。
過去に、公的機関でカウンセラーとして勤めていたことがあります。
その時の職場の人とは、比較的、話しやすかったのを覚えています。
理由は2つあります。
1つ目は、共通の話題があったことです。
心理学、カウンセリング技法、問題解決法。
こういった話題は、専門家同士だから深く掘り下げられます。
2つ目は、彼らが職業柄、聴くのが上手いことです。
こちらの話を最後まで聴き、意図を汲んでくれます。
そのうえで、質問や返しがズレていません。
こういう相手だと、会話が対話になります。
妻の友人関係も同じです。
対話ができる友人とは、今でも会っています。
愚痴しか言わない友人とは、もう会っていません。
また、私が魅力を感じない人は、自分の頭で考えない人です。
受け売りの話しかできない人、陰謀論を信じ込んでいる人などです。
逆に、魅力を感じるのは、議論ができる人です。
前提として、お互いを尊重できる関係があります。
自分と意見が違っても、否定せず、認める姿勢がある。
そういう人とは、話していて疲れません。
むしろ、話すたびに自分の考えが磨かれていく感覚があります。
会話は、価値の交換だと私は思っています。
情報でも、視点でも、感情でもいいから、何か新しいものが残る会話がしたいのです。
飲食店で見た普通の家族の会話
ABEMAの取材以降、飲食店に行くと、他の家族の会話を観察するようになりました。
普通の夫婦や家族は、どんな会話をしているのかが気になったのです。
ここでは、実際に観察した2組の家族の会話を紹介します。
A家族
夫婦と、5歳くらいの娘の3人家族です。
夫が一方的に話をして、妻と娘は黙って聞いていました。
夫の話は、何が言いたいのかがわからず、思いつきで話している感じで、オチがありません。
娘は、父の顔色を伺っていました。
父が席を外した瞬間、母と娘は一気に話し出しました。
この夫婦は不仲なのかと思ったら、突然、妻が夫の横に座り、夫にスマホの画面を見せ始めました。
対面でも見せられる距離なのに、わざわざ横に移動していました。
娘は、それを見てジタバタし、椅子2つを使って、うつ伏せで寝始めました。
娘が父の膝に乗ろうとすると、父はやめて、そっちに行ってと突っぱねます。
デカめの声で、違うわ、関係ないやろ、と何度も突っぱねていました。
娘は、それでも父の真横に来て、スマホを覗き込んでいました。
妻は、娘には無関心でした。
なんだこの家族は、と思いました。
B家族
妻が赤ちゃんにご飯を与えている横で、夫はずっとスマホを触っていました。
子どもが泣いても、夫は無関心のままです。
妻に全部やらせている状態でした。
ただ、赤ちゃんが寝た瞬間、夫は妻と話し始めました。
つまり、夫は妻にしか興味がないのだろうかと、私は思いました。
観察の結論として、私が感じたのは、普通の家族の会話は、必ずしも意味のある内容ではないということです。
思いつきで話し、聞いている側は返事もしない。
それでも、家族として成立しているのです。
これが、世間で言うところの雑談なのだと、私はここで理解しました。
我々夫婦の会話が、いかに特殊かも、同時にわかりました。
【この記事を書いた人】
経験と専門性
- 夫婦でモラハラの問題を克服した専門家
- ASD・ADHDの混合型診断済み
- モラハラ加害者としての更生を実現
- 週刊文春オンラインでの3記事の連載で加害者心理と更生過程を完全公開
臨床経験(2010年〜)
カウンセラーとして幅広い支援経験
- 公的機関での生活保護・生活困窮者自立支援
- 福祉施設での精神疾患・発達障害者支援
- うつ病の方の復職支援
- 元受刑者・薬物依存者への更生支援
- ひとり親・DV被害者相談
- 企業内パワハラ相談
- 自助グループ・セミナー開催
メディア掲載実績
新聞・雑誌掲載
- 週刊文春オンライン(2024年11月 3記事連載)
- 産経新聞(2021年9月)
- 神戸新聞 まいどなニュース(2021年3月)
- 中日新聞 ねぇねぇちょっと特別編(2021年12月)
- ウレぴあ総研 ハピママ(2023年7月 3記事掲載)
テレビ・ラジオ出演
- NHK「ほっと関西」(2021年11月出演)
- KBS京都「笑福亭晃瓶のほっかほかラジオ」(2021年9月出演)
全国12媒体でモラハラ解決の専門家として紹介
モラハラの問題で苦しんでおられる方々の少しでも力になりたいと思っています。
まとめ
最後まで読んで頂きありがとうございました。
雑談は、関係を築くことが目的の会話です。
対話は、情報や視点のやり取りに意味がある会話です。
我々夫婦は、後者ばかりをしていたので、ABEMAで雑談を振られた時に困ったのだと思います。
これは、良い悪いの話ではありません。
夫婦それぞれに、しっくりくる会話の形があるだけです。
もし、パートナーとの会話が噛み合わない、話していて疲れると感じているなら、それは自分たちがどんな会話を求めているかが、まだお互いにわかっていないだけかもしれません。
モラハラで苦しんでいるあなたへ
私たち夫婦も、かつては離婚寸前まで追い込まれました。
しかし諦めずに夫婦で協力し、モラハラの問題と真正面から向き合い、解決することができました。
現在は幸せに暮らしています。
すぐに離婚だと諦めないでください。解決への道は必ずあります。
私たちがどのようにして危機を乗り越えたのか、被害者妻と加害者夫の両方の目線でリアルに書いています。
被害者の視点から学ぶ
もし「記事は理解できたけれど、うちの場合はどうすればいいのかわからない…」と感じているなら、一人で抱え込まず、ぜひ私たちにお話を聴かせてください。
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あなたが少しでも穏やかな毎日を取り戻せるよう、心から願っています。


