元モラハラ加害者の本音|妻への不満と支配欲
今回は、モラハラ加害者だった私が、モラハラ時に妻に対してどう思っていたのかを掘り起こした内容を書いてみました。
この記事は「元モラハラ加害者の本音」シリーズの第1回目です。
全3回であり、今後は以下の内容で投稿していく予定です。
- 第2回:妻の家族や友人たちに思っていたこと
- 第3回:私の加害性変容と妻への感謝
※第2回以降は順次公開予定です。公開され次第、リンクを追加します。
いつもの問題解決法などとは違い、かなり加害性が強く、攻撃的で生々しい描写です。
被害者の方が読まれると、人によってはフラッシュバックをしたり、不快な気分になる可能性があります。
そのような方は、ここでこの記事を読むのを止められることをお勧めします。
以前に「私たち夫婦のモラハラ解決|僕が加害者になった理由【前編】」と「私たち夫婦のモラハラ解決|加害者は変われるのか【後編】」を書きましたが、受講者の方々から「太田さん夫婦がどうやって問題を解決したのかをもっと知りたい」という声を多くいただきました。
これまでメディアにも取り上げられてはいましたが、モラハラ時の心境や、お互いの体質をどう改善したのかという部分が十分に伝えきれていませんでした。
理由は、私たちの言語化能力の低さと、編集能力の低さでした。
現在は、これらの課題に気づき、可能な限り言語化しました。
ただ、言語化能力が上がるにつれて、当時の心境などがフラッシュバックされました。
特に妻はしんどそうであり、私は自身の加害性が蘇り、悪魔に取り憑かれたような感覚になりました。
正気を取り戻す作業を、かなり意識的にしなければならず、一筋縄では行きませんでした。
それでも、元モラハラ夫婦が、どうやってモラハラの問題を解決していったのかを可能な限り言語化しました。
モラハラの問題は、お互いの体質を改善すれば、完治まではいかないが、必ず緩和します。
私たちが、その証明です。
私たちは2015年からモラハラ解決専門を行っており、その中には様々な加害者もいましたが、私自身は間違いなくモンスターレベルの加害者でした。
世の中の被害者妻なら、私の話の通じなさに、とっくに耐えきれず、かなり初期の時点で離婚されていたと思います。
今後は、これらをまとめたものを書籍化する予定です。
長くはなりますが、最後まで読んでいただければ幸いです。
もくじ
- 妻への不満と支配欲
- 妻が病気になると不機嫌になっていた
- 家事への不満
- 金銭管理への不満
- 私の価値観への服従を求めていた
- 恋愛時代の妻
- 妻の結婚後の変化への不満
- 私が妻と結婚した理由
- 私が求めていた妻像
- まとめ
妻への不満と支配欲
妻が病気になると不機嫌になっていた
私は、妻が病気になったり、体調不良になると不機嫌になっていた。
この理由は、まず、私の晩御飯の心配をしないといけないからだ。
また、洗い物などの家事全般も出来なくなる。
風邪などの感染症ならば、私に感染する可能性があり、全てにおいてマイナスでしかない。
また、妻と自営業をする上では、本来すべき業務ができなくなったり、生産性が落ちる。
いずれもデメリットしかなく、自分に実害が起こるから許せなかった。
ちなみに、私は、風邪などで会社を休むということはない。
どんなにしんどくても、仕事には行くし、満員電車にも耐えうるが、妻は、サボってばかりなので、ちゃんとしろよ」とは思っていた。
また、私は普段から、体調不良にならないように、メンテナンスには時間をかけている。
例えば、ぎっくり腰にならないように、起床時、就寝時、入浴時にはストレッチを必ずする。
うがい、手洗い、消毒も必ずする。
また、筋トレやジョギングなど、体力作りも怠らない。
一方で、妻は、それらには希薄である。
ストレッチをしているところなど、見たことがない。
また、喘息持ちながら、気をつけている様子もない。
肩こりが酷いというが、ストレッチをしろと言ってもやらない。
だから、体調不良になったとしても、「それは自業自得だ」「因果応報だ」「ほれ見たことか」としか思わなかった。
家事への不満
家事というものは、妻が全てするものだと思っていた。
それは、私の両親がそうだから。
父親は、外で朝から晩まで働き金を稼ぎ、専業主婦の母親は家庭のことを行う。
それが当たり前だと思っていた。
また、両親が九州出身であり、父が典型的な九州男児で男尊女卑な思考であり、母もそれが当たり前という思考だったので、私も、それが当たり前と思っていた。
なので、新婚時は、風呂掃除しかせず、洗濯と洗い物は、妻がしていた。
妻は、掃除機をかけることは、ほとんど無かったので、部屋は、常に物で溢れ、猫を飼っているため、家中が猫砂だらけの状態に、かなりイラついていた。
また、洗い物も、シンクが一杯になるまではせず、2日放置は当たり前のため、不衛生で不快だった。
洗濯物が溜まっていても放置、これにより、私の仕事用のシャツなどが、洗濯されていない事態が起き、イラついていた記憶がある。
また、妻は在庫管理が苦手であり、日用品、調味料、食材など、何があって、何が不足しているのかを把握していない。
そのため、お好み焼を作ったのに、ソース、マヨネーズがないなどは、日常茶飯事であった。
金銭管理への不満
加えて、妻は金銭管理が苦手であり、公共料金の支払いが滞ることが多々あった。
また、私の知らないところで、家賃の滞納や、ガスが止まって風呂に入れなかったことは一度や二度ではない。
また、出勤時の電車の中で携帯電話が使えなくなったことも多々あり、コンビニに支払いに行ったことも一度や二度ではない。
私からすれば、そのような状態に陥らないために、生活費を入れているのだから「ちゃんと運営しろよ」「同じ失敗ばかりするなよ」とは思っていた。
従順だった妻が変わってしまった
上記の、家庭内の家事の怠り、自己管理不足への不満もあるが、全般的に言えるのは、恋愛時代と比べて従順さがなくなり、自我を出してきた部分である。
例えば、恋愛時代は、私を第一に優先したり、私の思うような行動をしていた。
言うことを聞かないことに対して、理詰めたり、懇々と説教をし、妻は、まだ幼かったため、最終的には泣いて謝っていたが、加齢と共に、そうではなくなった。
私の価値観への服従を求めていた
例えば、私は自分の好きなものや趣味に対して、肯定以外は求めていない。
それに対して、少しでも違うことを言う行為は、否定や批判と見做し、容赦なくブチギレていた。
どこかに出かけるにしても、行き先、工程などは、全て私が決め、決定した上で妻に事後報告「◯月△日に、◯◯に行くから」と告げる。
それに対して、妻に拒否する権限はない。
また、以前の私は見返りを、かなり求めていた。
そのため、私が良いと思って勧めたプレゼントなどに対して、満面のありがとうがないと「ふざけるな」と思っていた。
そう、キャバ嬢が小汚いオッサンにする、あの賞賛である。
あの対応を妻に求めていたということだ。
恋愛時代の妻
私と妻は、30歳と18歳という時点で出会っている。
色々、ツッコむべきポイントはあるが、それは全てスルーして私の話を聞いて欲しいとは思う。
若い頃の妻は、まだ右も左もわからない女の子である。
その頃の妻は、常にニコニコしていて愛想が良かった。
自分の意見を言ったり、自己主張してくることもなかった。
30代の頃の私は、草野球とジム通いの日々であり、脂っこい食べ物を好んでいた。
なので、恋愛時代の妻との食事は、ラーメン屋か中華料理である。
妻は、それを嫌がる素振りもなく食べていたと思う。
また、その頃の妻は、世の中のことを知らず、私が些細なプレゼントや小旅行などに連れて行くと満面の笑みで喜んでいた。
自慢の彼女であった。
そのような恋愛時代を経て、同棲もせずに、付き合い始めてから8年後に結婚する。
妻の結婚後の変化への不満
その愛想の良い、可愛らしい女の子の印象のままで、共同生活が始まったので、結婚生活を重ねるごとに、妻に対して、出来ていない部分ばかりが目立つ、いわゆる減点方式である。
そのくせに、年を重ねるごとに「私の言うことにも従わず」「言ったこともやらないし」そのくせに私の言ったことに対して、意見を言ってきたりするようになった。
また、私が生活費を渡すために、雨の日も風の日も休まずに仕事に行っているにも関わらず、賞賛の言葉もないのだ。
それどころか「私より金を稼いでいる訳でもないのに」まして「私よりも年齢も一回りも下のくせに」「年長者を敬う心はないのか」とも思っており、全般的には「生意気だ」「口答えをするな」という思いがあった。
私が妻と結婚した理由
私が、妻と結婚した主な理由として、恋愛時代よりも長くいれるからである。
要は、妻と常に一緒に行動できるというメリットがあるからだ。
恋愛時代は、妻の家が遠方のため、週に1回しか会えず、行きたいところにも行けなかったのだ。
夫婦で自営業を行なった動機は、プライベートだけでなく、仕事をしている時間も一緒にいれるという、メンヘラ&共依存丸出しの理由である。
この理由のため、自営業の仕事をする時は、常に一緒にカフェに行き、作業をしていた。
ただ、これも年を重ねるごとに拒否される様になり、自分としては一緒にいるために結婚したのにそれを拒否されるのはあり得ないという怒りがあった。
プライベートも仕事も常に一緒に行動しており、それが当たり前だと思っていた。
太ってきた妻を痩せさせるために、ジム通いも一緒にするが、妻は飽き性のため、基本的に長続きはしない。
私が求めていた妻像
私が妻に求めていたのは、恋愛時代の愛想が良い妻像であり、私の言うことを全て従順に聞き、言ったことを全てこなし、この自営業に対しても身を粉にして働くということだ。
また、私が大事にしている仕事や趣味に対しても、常に私と同じ気持ちや考えでいてほしいという価値観。
これは、何の疑いもなく思っていたし、そうじゃないことがありえないと思っていた。
今振り返ると、妻を一人の人間として見ていなかったのだと痛感する。
次回は、妻の実家帰省や友人関係が許せなかった理由について書いてきます。
【この記事を書いた人】
経験と専門性
- 夫婦でモラハラの問題を克服した専門家
- ASD・ADHDの混合型診断済み
- モラハラ加害者としての更生を実現
- 週刊文春オンラインでの3記事の連載で加害者心理と更生過程を完全公開
臨床経験(2010年〜)
カウンセラーとして幅広い支援経験
- 公的機関での生活保護・生活困窮者自立支援
- 福祉施設での精神疾患・発達障害者支援
- うつ病の方の復職支援
- 元受刑者・薬物依存者への更生支援
- ひとり親・DV被害者相談
- 企業内パワハラ相談
- 自助グループ・セミナー開催
メディア掲載実績
新聞・雑誌掲載
- 週刊文春オンライン(2024年11月 3記事連載)
- 産経新聞(2021年9月)
- 神戸新聞 まいどなニュース(2021年3月)
- 中日新聞 ねぇねぇちょっと特別編(2021年12月)
- ウレぴあ総研 ハピママ(2023年7月 3記事掲載)
テレビ・ラジオ出演
- NHK「ほっと関西」(2021年11月出演)
- KBS京都「笑福亭晃瓶のほっかほかラジオ」(2021年9月出演)
全国11媒体でモラハラ解決の専門家として紹介
モラハラの問題で苦しんでおられる方々の少しでも力になりたいと思っています。
まとめ
今回は、モラハラ加害者だった私が、妻に対してどのような不満や支配欲を持っていたのかを書きました。
妻が病気になると不機嫌になっていた理由、家事や金銭管理への不満、恋愛時代の従順な妻像を求め続けていたこと、そして妻と結婚した本当の理由など、当時の私の歪んだ思考を包み隠さず書きました。
次回以降は、以下の内容を予定しています。
- 第2回:妻の家族や友人たちに思っていたこと
- 第3回:私の加害性の変容と妻への感謝
モラハラで苦しんでいるあなたへ
私たち夫婦も、かつては離婚寸前まで追い込まれました。
しかし諦めずに夫婦で協力し、モラハラの問題と真正面から向き合い、解決することができました。
現在は幸せに暮らしています。
すぐに離婚だと諦めないでください。解決への道は必ずあります。
私たちがどのようにして危機を乗り越えたのか、被害者妻と加害者夫の両方の目線でリアルに書いています。
被害者の視点から学ぶ
もし「記事は理解できたけれど、うちの場合はどうすればいいのかわからない…」と感じているなら、一人で抱え込まず、ぜひ私たちにお話を聴かせてください。
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